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不十分な「支援策」のウラにあるもの。―近藤誠、和田秀樹『やってはいけない健康診断』

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「飢え死により「ちょい上」ぐらいのレベルを保つと、死なないから文句が起きないうえに、反乱する元気がなくなるんだって聞いたことがあります。」

近藤誠、和田秀樹『やってはいけない健康診断』を読みました。

本書からの学び

1.「飢え死によりちょい上」だと、文句が起きない

「飢え死によりちょい上」ということは飢え死にすることはありません。
人間生きるのがまず一番の目的ですから、飢え死にすることがなければ一番大きな文句は起きなくなります。
それ以外のこまごまとした文句は出てくるかもしれませんが、生死に関わる文句に比べれば小さなものになります。

2.「飢え死によりちょい上」だと、反乱が起きない

「飢え死によりちょい上」ということは、ぎりぎり生きられるラインということです。
そこにゆとりがあるわけではありません。

そのため、生きているとはいっても元気も気力もほとんどない状態です。
かといって死が迫っているわけではないため、残る気力を振り絞って反乱を起こすのも非合理的です。

結果として反乱を防ぐことができます。

3.「飢え死によりちょい上」以上は期待できない

国、会社、団体といった他者からの支援を考える時、そこに「飢え死によりちょい上」以上は期待できないと知っておくことです。

誰だって文句も反乱も避けたいものです。
支援をしたのに文句を言われたり、反乱されたりすれば踏んだり蹴ったりです。
どのような支援であれ、支援をする側に「支援をしたのに」という思いがある以上、これは仕方のないものです。

支援をされる側としては万全の支援を期待してしまうもの。
けれど他者からの支援は「飢え死によりちょい上」レベルしか期待できないと知っておけば、他者との無用なトラブルを避けることができます。

「飢え死によりちょい上」レベルと知ったうえで、支援を請うのか。
「飢え死によりちょい上」レベルなら、自分で何とかした方がいいのか。
他者に過剰な期待をかけず、冷静に考えることができるようになります。

まとめ

他者のすることは「飢え死によりちょい上」レベル以上は期待できない。


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